蝉と僕

仕事の疲れが溜まっているのか、朝起きるのがだるかった。

出社までの時間も押していたので、急いで支度をして外に飛び出した。

玄関先に、蝉がいた。地面に這いつくばっている。よくみると、羽根がまだ伸びきっていない。近くに抜け殻も落ちていた。

ーめずらしい。生まれたばかりなんだなー

僕はそっと玄関の扉を閉めて、駆け足で仕事に向かった。

 

バタバタとした午前中の業務が終わり、昼の休憩に入った。一息つこうと思ったのも束の間、午後のMTGの忘れ物をしたのに気がついた。職場から家まで5分。

ーしょうがない、帰るかー

小走りに職場を出た。するといきなり雨が降り出した。私は走って家へ急いだ。

玄関が見えた時、まだ這いつくばっている蝉がいることに気づいた。蝉も雨を避けていた。羽が縮んだままで、飛び立てないようだった。

私は思った。

ーこの羽、多分もう伸びないかもなー

 

私はその時、1人で矢筈岳に登った時のことを思い出していた。そんなに高い山ではないと聞いていた。結論から言うと舐めていた。1人で山に登ってみて、危険な場所だと思った。

自然の中では、1人の人間の力など皆無に等しいことを思い知らされた。それが自然の掟なんだと思った。

 

蝉を助けたいと感じた。だが手を出して良いものか、判断できなかった。

ー頼む、飛び立ってくれー

そう思いながら、仕事に向かった。

 

仕事でヘトヘトになりながら、家路に着いた。先程、上司に言われたことが、気にかかって憂鬱な気分だ。

下を向きながら歩いていたので、蝉に気づくが遅れた。朝と同じように地面に這いつくばっていた。

よくみるとセミの周りには、蟻がたむろしていた。セミは死んでいた。

いつもならさっさと、ホウキで掃いておしまいにするのだが、僕はしばらく呆然としてしまった。

遠くの森で、蝉の声がこだましていた。

 

蝉は土の中で3年〜7年もの時間を過ごすという。地上に出てからの寿命も大体1週間から〜1ヶ月程度と。

地中でそれだけの期間過ごしてきて、いざ外の世界に飛び出そうとしているとき、彼は死んだ。

私はセミを見て、自分の無力さと恥ずかしさを感じた。仕事に疲れ、文句を言っているだけの私。一方で文句も言わず、おそらく自分の死を受け入れただろう蝉。

言わずもがな、命は平等だ。私は私の命を、精一杯生きたい。

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